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掲載日:2016/7/12
■ バレエ留学は覚悟を決めて
 前ページの「今どきのバレリーナ事情」からの続きで、今回はプロ志望の若者のバレエ留学について、お喋りさせて頂こうと思います。前回と同じく浅い知識での記述ですので、詳しい情報が必要な方はスクールの先生などから伺って下さい。留学にも様々なケースがあり、これから書く内容が全てではありません。

<バレエ留学とは>
 最近は空前の留学ブームで、バレエ・コンクールの乱立と共にバレエ留学のエージェント企業なども発生している影響もあり、少し自信のある子供達が我も我もと留学を目指します。故に今では“留学帰り”なんて若手はそれこそ“掃いて捨てるほど”いるご時世です。ご本人方は「留学」と言っていますが、実際に「バレエ留学」と言えるのは海外の(ほぼ国立か公立、あるいはバレエ団付属の)正式なバレエ学校で本学生クラス(留学生クラスではなく)に1年以上在籍した生徒、また出来れば3年以上在籍し国家試験に合格した者に与えられる「ディプロマ」と呼ばれるバレエ専門教育の修了証書を得る事が出来た生徒の事を言います。サマースクールに数週間参加したとか、半年の短期留学とか、更には聞いたこともない小さい私塾のオープンクラスに参加していただけなどいうものは、(ご本人も大変な努力をされたのでしょうが、)現実には「留学」とは言えません。サマースクールや短期留学も大変良い経験となりますので奨励はしますが、本気で海外の第一線のカンパニーで仕事をしたければ、現在では正式な「バレエ留学」が必要だと思います。(短期間の海外受講は私達はよく「バレエ研修」と呼んでいます。)

<バレエ留学をするには>
 日本からバレエ留学を目指す子供達は一番の近道として、各学校の実施する入学試験か、あるいはコンクールのスカラシップを目指します。但し、いくらスカラシップを貰えても在学してもあまり意味をなさないようなスクールでは困ります。留学経験をしたいだけならばどこのスクールでも良い(大変語弊がありますが)ですが、海外でのバレエ就職をしたいならば国立や公立等の“プロのバレリーナを育てる為のバレエ専門学校”でなくてはなりません。バレエ学校事情はその国によって大きく異なりますので、私学でも良い学校はありますが学費が高いことと有名校は少ないという現実です。

バレエ学校の入学試験(入学オーディション)は現地の他に日本でも開催されており、日本に居ながらでもワガノワなどの有名校の入学試験を受けることが出来ます。大抵コンクールと共にこちらの試験も受けて合格を目指すのです。両方受かれば自分が希望する学校を選ぶことが出来ます。

他にコンクールや入学試験以外にも「先生推薦」という枠があります。昔は「先生推薦」や「バレエ団推薦」という形の方が多かったのですが、段々とこれらのコネも少なくなりつつあります。(最近はあまりお勧め出来ないようなバレエ学校に推薦して留学させる先生までいるようですが。)もちろん推薦があってもビデオ審査や現地審査は受けなくてはなりません。

また、前ページにも書きましたが“バレエ専門教育の高等学校”に入学して留学を目指すという手もあります。
東京高等バレエ学校IBHS国際高等バレエ学校京都バレエ学校、他。

<なぜ留学先が有名校でなければならないのか>
 留学先が有名校であればあるほど良いのはもちろん教育レベルの高さですが、他に「就職」に有利だからです。バレエ・カンパニーへの入団ではオープンとプライベートの2種類のオーディションがあり、どちらもまずは書類審査を通らなくてはなりません。通常各学校が留学生を受け入れるのは1〜2年間です。それ以上は本人の希望と現地の先生の判断になります。修了証書のディプロマは通常は3年以上の本学生クラスでの修学と国家試験に受からないと取得できません。たとえ長期留学しても留学生にはディプロマを出さない国もあります。(最近は留学生はまず留学生クラスへ入れられるケースが増えています。留学生クラスから本学生クラスへ移れる人はごくごく一握りです。) そしてディプロマもなく団員経験もないのでは審査で大変不利な立場となるのです。
ちなみに日本でどれほど有名なコンクールでの受賞経験があっても海外での経歴にはなんの意味もありません。意味を成すのは有名な国際コンクールのみです。(有名な国際コンクールで受賞をすると色々なカンパニーからオファーが来たり、自分から契約交渉が出来たりするそうです。)

日本という国は学校卒業したての青田買いが好きですが、海外では即戦力となる経験を積んだプロが尊ばれます。現在では世界中でバレエ・ダンサーが余っていて働き先を探している状態です。学校を卒業して最初に受ける入団オーディションが実は一番大変なのです。超一流でなくともある程度名の通ったカンパニーでの経験があれば履歴書に経歴として記入することが出来てステップアップを望んで行けますが、最初にあまりにも無名なカンパニーですと書類審査で通らないことも多いのです。大手の有名バレエ団は未経験の若手の為の研修生等の制度を設けていますが、そのオーディションに集まるのは世界中から来たエリートです。海外でそこそこメジャーなカンパニーに就職するということがどれほど大変なことなのか、お解かりになりますよね?残念ながら実際は留学はしたけれど就職できずに帰国する若手が殆どなのが現実です。

<留学も就職も情報が命!>
 どの世界でも業界事情というものがあり、その情報を知らないとバレリーナ志望としては命取りということが良くあります。現在ではインターネットで沢山の情報を得る事が出来る時代ですが、実際の情報はやはり現地でなければ解りません。ここで頼りになるのがスクールの先生の人脈なのです。ご自分の留学経験やバレエ団仲間、バレリーナ仲間、教師仲間と、様々な人脈を使って、どこに留学させると良いのか、どこの留学先が将来的に有利なのか、入学し易いか等、様々な検討をします。(先生が出身バレエ団と縁を切らないのはここらへんにも理由があります。)もちろん本人の希望もありますし、バレエ・ママ達は必死に情報を探して来ます。その情報の確認を取るのも現地のバレエ界に詳しい人とのご縁があってこそなのです。

 留学しても1年間なんてあっという間です。もちろん長期留学の希望が通れば良いですが、殆ど許可が下りないのが現実。出来ればスムーズに現地で就職できればラッキーなのですから、留学中に情報を集めて留学終了前後にオーディションを受けまくります。しかし経験者しか受け入れないオーディションが多いですので合格は至難の業なのです。留学が終了しても現地に留まり別のバレエ学校等で学びながら就職を目指す人も沢山います。また日本のバレエ団はクラシック・バレエを中心に公演を行いますが、海外ではコンテンポラリー重視のカンパニーも非常に多いです。自分がどんな踊りが得意なのかも考えて就職先を探さなくてはなりません。
(余談ですが実際にヨーロッパ(確かドイツ?)に留学し、留学先で知り合った現地の生徒さんと仲良くなり、一緒に就職活動して見事に期間契約を手にした生徒さんがいます。実は彼女はとてもナイーブなタイプですぐに逃げ帰って来るのではないかと皆で心配していたのですが、仲の良いお友達に恵まれた事が彼女の運命を変えたようです。まさに「運」も大事ということですね〜。)

<英語は出来て当然>
 そのように外国で人とコミュニケーションを取りながら生活して行かねばならないのですから語学力は必須です。ディプロマの試験科目の中には語学がある国もありますし、英国に長期留学する場合は指定の英語の試験を受けて決められた点数以上を取らなくてはなりません。(本当に語学力が足りなくて落ちた生徒がいます。実技は受かったのですが…気の毒でした。)従ってバレエ留学を目指し始めた時から、先生方は英語の塾などへの通学も奨めています。英語の通じない地域ももちろんありますが英語は最低限の世界共通語ですので。留学先や就職先の目標が決まったら、集中的にその国の言葉を勉強させる親御さんもいました。とにかく「語学は留学先で学べばいいや〜」なんて思っている生徒はそれだけで遅れてしまうのです。

<大人になれない日本の子供>
 冒頭に書いたように、現在では沢山の子供が留学します。バレリーナ志望ではない子供も、本気で臨んでいない子供も留学できる場合があります。現在は留学エージェントなる企業も増え、お金さえ出せばどこかには留学出来るという現状でもあるのです。留学は本人にとってバレエ以外でも良い経験にはなると思うのですが、覚悟のない子供は日本とのギャップに馴染めずにすぐに帰って来てしまう子供も実は増えています。
日本は世界でも稀なほどの「気遣いの国」。特に子供は守られていて、元気がなければ大人が気遣ってくれて、指導も公平に受ける事が出来ます。しかし海外では平等などありませんし、自分から言葉を発しないと誰も聞いてくれません。そのギャップに耐えられないのです。

<海外の公立の学校やカンパニーは税金で運営されている>
 「先生がえこひいきするんです」「私にだけ情報を知らせてくれない」「皆が私をバカにする」…。彼女たちの愚痴は、まだまだ人種差別が残っていた時代に留学していた師匠達には「アホか!退学と言われた訳でもあるまいし。」と言いたくなるような言葉だそうです。おそらく言葉が不自由であったことによる誤解も多かったのではと思いますが、思春期の娘達には辛い経験です。しかし本来バレエの先生は日本であっても平等になんて教えません。才能に恵まれた者を優先して育てて行くのです。公立校である海外の教師は更にです。公立のバレエ学校というのは税金で運営されていて、何の為に税金が使われているのかと言えば、その国の国民がバレエを楽しむ為です。ですので出来るだけ出来の良いバレリーナを生む為に精力を傾けているのです。留学生を沢山受け入れているのは実際にはお金の為である事が多いのですよ。海外のバレエ学校というのは厳選したエリートの職業訓練校なんです。甘やかされて育ち親のお金で留学した日本人の娘がお稽古気分で通う所ではないのです。

 世界のバレエ団の中でも最も外国人を受け入れないのがパリ・オペラ座ですが(最近はようやく少しの外国人を受け入れるようになりましたが、まだまだ閉鎖的です)、これにはフランスの失業率の問題もからんでいるそうです。今、ヨーロッパでは移民問題も絡んだ空前の失業率。税金で外国人を養う必要はないと考える国民も増えているのです。就労ビザも年々下りづらくなっています。 外国人の団員を受け入れるのはより良いパフォーマンスを観る為ですので、自国ダンサーに劣る外国人を雇うことは許されません。更にヨーロッパのクラシック・バレエ界の根底は実は徹底した白人至上主義文化であるとも言えるのですから。バレエ学校の教師の中には本音では白人以外がバレエを踊る事に好感を持っていない人も沢山います。

今はアジア人枠としても韓国人や中国人の若手とも張り合わなくてはなりません。そんな四面楚歌の中で根本的な身体能力・基礎力不足の日本人が輝かなくてはならないのです。どれほど大変なことなのかと思うと涙が出てきます。留学には向き不向きがありますので馴染めずに帰国する子供は仕方ないですが、頑張っている日本人の評判を落とすような行為をする留学生は最初から留学などしないで欲しいです。本来は日本の子供は勤勉で我慢強く熱心であるという評判なのですよ。

<サマースクールについて>
 有名校への本留学の機会は狭き門ですが、夏休みなどに行われる「サマースクール」や「ワークショップ」等の講習会は比較的多くの子供達を受け入れてくれ、海外の指導に触れる絶好の機会です!最近では国内で有名校教師のレッスンを受講することも出来るようになって来ました。まずは書類選考がありますが、バレエ歴よりも大体は写真や映像で決められることが多いそうで受講できる確率も結構高いです。本留学を目指す子供も中学時代に海外の「サマースクール」を受けて、留学の予行演習や自分の適性の判断材料にしています。また時には「サマースクール」で先生の目に留まり留学の許可が下りる場合も少なくありません。刺激を受けて上達できるチャンスですからプロ志望でなくても上達を望む子供にはどんどん受講して欲しいと思います。「サマースクール」の情報は雑誌や各校のホームページ、留学情報サイト等に掲載されることが多いです。

<バレエ留学の費用>
 ここで気になるのが留学費用ですが、これこそ千差万別です。国によって、または公立か私立かによっても大きく違いますし、本学生と留学生の受講料を分けている学校も沢山あります。学校にとっても留学生を受け入れることがビジネスとなりつつある時代のようです。アメリカやイギリスは高いようですが、平均的には生活費(150〜200万円)を含めて年300〜400万円くらいらしいです。スカラーシップを取れれば授業料分は安く済みます。日本でひとり暮らしの大学生活を送る費用の1.5〜2倍の費用が掛かるとイメージして下さい。最近は留学ローンもあるそうですが、高額な費用を覚悟しなくてはなりませんし、将来は返済しなくてはなりません。
(最近は留学エージェントのような企業があり、滞在先や手続き等の点でそれらを上手く利用すると良いと思いますが、それなりの料金は取られます。またエージェントは企業ですので自分達に都合の良い事を言う時もあります。特に留学先などは自分で調べてエージェントに言われたままにはしない事です。)

<転ばぬ先の杖>
 日本ではバレエ留学する年齢の多くは義務教育の終わった高校1〜2年生が多いです。これは例えば3〜4年間の長期留学が可能になった場合、留学終了時にギリギリ10代あるいは20歳でいられるからで、海外の未経験の団員募集は大抵が遅くとも20歳くらいまでというのが暗黙の了解なのだそうです。もし1年で帰国した場合でも復学して大学受験や将来の就職活動に不利にならない年齢とも言えます。
どこかのお金持ちバレリーナのように「私はバレリーナになるのだから学歴は必要ないの」なんて言っていられるご身分ならば良いですが、海外で就職出来る確率は博打のようなものなのですから、せめて高卒の学歴だけは長期留学していても通信教育等で習得した方が良いと思います(通信教育もバレエ教育と同時に受けるのですから非常に大変ですよ!海外在住でも通信教育が可能な日本の高校もあります)。あるいは大検という手もありますが独学は大変です、にかく本人の努力次第ですね。留学先によってはバレエ以外の高校の学科教育を施す学校もありますが、語学の問題から留学生は受講出来ないことが多いそうです。あるいは提携している現地の高校に通うことを奨められることもあるようですが、これは時間的にもとても大変らしいです。

バレリーナ志望の夢見る乙女達にはここら辺が結構甘い考えの子がいて、「普通のOLでもいい」「結婚して養ってもらう」「バレエ教師になればいい」等と言いますが、まず中卒では彼女達が考える“普通のOL”にはなれません。最近は不景気ですので男性側も共働き希望が多いですし、お金目当ての結婚では長続きしません。(正直に言ってバレエ熱血娘って結構結婚に向かなくて、しても離婚する子が多いんですよね〜。私の周りだけかも知れませんがA(^^;)。) そして「バレエ教師」、大昔と違って今は結構大きいスクールの主宰者にならないとバレエ指導で食べて行けるほどの収入にはなりません。現在は全国にバレエ・スクールって1万数千校以上あるのだそうです。それほどの競争の中で入団経験もない娘が開いたお教室に一体何人の生徒さんがやってくるのでしょう。もちろん地域にもよるでしょうが、今は情報過多の時代ですので法外な料金もとれませんし、成人は気楽なカルチャー等の大手のオープンスクールに通うことが増えています。バレエ教室のお嬢様だとしても娘の代で終わりなんてこともザラです。現実は厳しいのです。

 また、海外の留学先にはバレエ教師の養成コースを設けている所が多くあります。最近の留学生は可能であればこの「バレエ教師」の資格を習得する人が増えています。日本のように無免許教師が多い中、確固とした知識を有している証明となりますので、バレエ教師をする時の良い資格となるでしょう。そのまま海外でバレエ教師を続けている方もいらっしゃるようです。但し、教師の資格があったとしても生徒が長く受講し続けてくれるかは別の問題です。現代のバレエ教師には実技と知識以外に“人柄”という面がとても重要とされるように思えるからです。(正直に言って昔のバレエ教師には人格者は少なかったです。)

 フリーのバレエ・ダンサーやバレエ教師は自営業ですので厚生年金も労災も貰えません。そして雇われバレエ教師も活躍経歴が無ければそこそこ若い先生が人気となります。自分の人生設計をしっかり考えて、若いうちから準備をして欲しいと思います。(親御さんに余裕があれば、保険や年金には早めに加入して貰った方が保険金も安くて済みますよ。)

<留学しなければプロになれない訳ではない>
 現在は多くの人が留学先から帰国して国内バレエ団のオーデョションを受ける時代ですが、それでも留学経験がなくても団員になる人も必ずいます。以前は留学経験のある方は国内育ちより表現が大きくてより目立って有利という傾向がありましたが、現在では国内育ちでも良い表現教育を受けて挑戦する人も増えています。留学出来なかったからと諦めず、自分が出来る限りの方法で自分を磨いて挑戦して欲しいと思います。それに留学していたから必ず実力が凄いとも限りませんし。

<バレリーナ志望者は皆ファイター!>
 さて、私から見たバレリーナへの道は大変なことばかりで少しも良い所がないようなお話になってしまいました。しかし、本当に踊って一生を過ごしたいと思う若者達は、人生が不利であるかどうかよりも「とにかく大きなステージで踊りたい!大公演で主役を踊りたい!踊って生きて行きたい!」と執着する人々です。そのくらいの強い思いがなければ、プロ・ダンサーまではたどり着けません。私が書いた以外にもプロへの道、バレエで生きる道は沢山あります。どの道も険しいですが、たどり着けた日本人も少なからずいます。そして挑戦せずに後悔しながら生きるよりも、挑戦して諦められた方が幸せなのかも知れません。本気のプロ志望の子供達はみんな不安を抱えながらも戦うファイターです。すべてのファイター達に幸せな結果が最終的には必ず訪れることを願っています。


 前ページにも書きましたが、プロになれなくても全く踊れなくなる訳ではありません。日本では大抵のお教室に発表会がありますし、教師等をしながらフリーで小規模な公演に出演することもできます。踊れる機会は増えてもプロになれた方がソリストで踊れるチャンスは少なかったりもします。自分がどのようにしてバレエと接して行くかは人それぞれで、どれがその人の幸せとなるかは歩んでみなければ判りません。バレエについての幸せは自分が納得・満足出来るかどうかだと私は思っています。満足できるかどうかは自分のとらえ方次第です。大人バレエの生徒さんも含めて皆さんにバレエでの幸せが訪れますように・・・。