腕はねじりの美学(アームスについて)


 バレエを踊る際、腕の支え、腕の動きは体幹(胴体部分)を支えるのに大変重要な働きをします。腕は単なるポーズの形を表すだけのパーツではないのです。

腕のポジションは流派によって異なりますが、日本でよく使われるメソッドでは、1番(アン・ナバン:正面)、2番(ア・ラ・スゴンド:横)、3番(片手が正面で片手を横)、同じく3番(片手が上で片手を横:英国では4番)、4番(片手が正面で片手が上)、5番(アン・オーとアン・バー=ブラ・バ:上と下)、アン・オーはワガノワ派では3番になります。他に低い2番のドゥミ・セコンド(ドゥミ・スゴンド)、手のひらを外に向けるアロンジェ、両手を前へ出し段差を付ける4番の変形(チェケッティ:3番とも言います)、などのポジションがあります。ポジションの番号は2番以外は先生によって呼び方が変わりますので、名前で覚えた方が良いと思います。これら腕ののポジションは意味なくその位置に決められているのではなく、体を支える為、動作の起動力にする為、その位置に決められてもいるのです。意味なく腕を置くことは止めて、腕をきちんと利用することを追究してゆきましょう。

 まず、基本の2番アラスゴンド(=ア・ラ・スゴンド)を作ってみましょう。



肩甲骨はゆっくり下ろし、肩はほんの少し外回し、肘より上の上腕は内回し、肘から下の下腕は外回しで、手の平はほぼ正面、手のひらの小指側の側面を水平近くまで起こします。小指の側面は水平でなくても構いませんが、手首から先の部分がぶらりと落ちていない状態にします。そして肘を遠くへ引っ張って下さい。指先からもエネルギーが先へ先へと抜けている感じ。高さは肩より少し下へ下ろします。慣れていないととても大変なポーズですよね。しかしこの「ねじり」がとてもとても重要なのです。

まず、上腕を内回しにすることで肘が下がる事を防ぎます。肘が下がると脇下の筋肉が落ちて体幹(胴体部分)を支えられなくなり、二の腕もたるみます!二の腕を張ることで更に背中の肩甲骨下の筋肉も立てる事が出来ます。次に、下腕を外回しにすることと、小指の側面を起こすことで脇下を身体の中心に向かって引き締め、みぞおちも閉じる事が出来ます(これはアン・ナバンの腕の方が顕著に感じられます)。

 今度はアン・ナバンを作ります。上記の要領でアラスゴンドを作り、ほんの少し脇を上へ上げる感覚で捻じったままの腕を前へ閉じて行きます。手のひらはみぞおちの前辺りです。上腕、下腕を回しているので、肩甲骨下の筋肉が立ち、脇下の筋肉が引き締まり、小指を起こしているのでみぞおちも閉じているはずです。肘は身体から遠くへ、その代わりに脇も一緒に遠ざからないように脇は引き締め手前に引いておきます。手の甲で軽く正面を押します。この状態を作ると、正面から手首を掴まれて前へ引っ張られても容易には身体が動かないようになります。これは回転を行う時に体幹を崩さないとても大きな力となります。
<追記 2017.04.10> (正確にはアンナヴァンの時の上腕はやや外回し、肘は内回しで下腕から手首までは外回しになります。肘を張るので上腕は内回しという先生もいます。どちらが間違いというのではなく、脇の支え方の違いで感覚が異なって来るだけです。)

<アラスゴンドの簡単な意識の持ち方>
 このように「ねじり」はとても重要な技術ではあるのですが、一々「上を内回し、下を外回し…」などと考えている余裕は中々ありませんよね?ここで簡単な意識の持ち方をお教えします。上の図を見て下さい。肘と小指の下に緑の線が引いてあります。線の高さは肩より低く、バストポイントより上です。この線を細い板かあるいはバーかピアノ線とでも思って、肘と小指をその上に乗せて軽く上から押してみて下さい。今は小指が肘より下がり過ぎないように注意して下さい。二の腕の下側がピンと張って来る感覚が得られる位置です。この位置でレッスンを行ってみて下さい。充分とは言えませんがねじりの効果を得る事が出来ます。(余裕のない時は、とにかく肘は後ろ向き!小指は起こす!という感覚だけは忘れずに。)最終的にはねじる意識で使えるようになると、手首を下げたり、ドゥミ・スゴンドに下ろしても、脇下や背中が使えるようになります。

 同じようにアン・バ(=ブラ・バ)でも腕はねじった状態で手先を下へ閉じます。胸部と肘は横に張って、指先は下へ落とさないように。この状態で手の甲を下に押すようにして、それに反発して脇下や肩甲骨下の筋肉を引き上げます。胸を反らしたり、みぞおちが開かないように注意して下さい。これで美しいアン・バが作れます。



 アン・オーはもう少し複雑です。なぜなら腕を上げると肩も一緒に上がってしまう傾向があるからです。それを抑えるには肩甲骨を下げるしかありません。腕はねじりながら上へ、手の甲で天を押し、肘は張り、更に肘と肩甲骨を離す様に引っ張り合います。2番アラスゴンドから直接アン・オーを作るより、2番からアン・ナバンを通ってアン・オーに腕を上げた方がより「ねじり」の感覚を得ることが出来るようです。何度も繰り返して感覚を得てみて下さい。二の腕がピリピリして来ませんか?長く美しいアン・オーを作るには肩甲骨から指先までのストレッチがとても必要になります。肩甲骨が上手く下がらない方はまず背中の首もとにある僧帽筋の力を抜いて下へ下ろしてみましょう。肩甲骨も一緒に下りるはずです。

 慣れて来たら今度は、腕の付け根が背中の腰から始まっているように感じて、腰から指先までのラインで腕を意識します。特にアロンジェでは、この腰から指先までのラインの伸びが美しさを作ります。腰から始まるVラインの直線にバラのつるが螺旋を描いて巻き付くように、そんなイメージで腰から指先までを引っ張り合って下さい。自分の姿を鏡に映して真横から見ると腰から指先までのラインがよく確認出来ますので、どのラインが美しいかを研究してみて下さい。アロンジェ、その美しさの更に先に白鳥の羽のラインが造られます。
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 さてここまでで、腕と、体幹を支える脇や背中の筋肉が連動している事がお解り頂けたと思いますが、それをどのように利用するかという点です。

            左
例えば、右足前クロワゼで右足軸のアチチュード、腕は左手を頭上で右手が横の3番ポジション、軽くエポールマンをつけて顔を正面に向けます。

重心は右側の背中に移りますがその重心を支える為に、横へ張った右腕の二の腕をテコのようにわずかに下に押して、右側肩甲骨下の筋肉を上へ押し上げます。
すなわち、右の二の腕で肘下の(架空の)板(黄緑の線)を下へ押して、その力で身体を上へ押し上げるように背中の肩甲骨下の筋肉を上に上げます(青い矢印)。あるいは右脇の下に床を押すつっかえ棒(ピンクの線)を置く意識で行ってもかまいません。二の腕は必ず張ったままです。黄緑の板の代わりに右側肩甲骨を下げるようにして、肩甲骨下の筋肉を押し上げても構いません。

このように腕と体幹を支える筋肉を連動させると、重心を安定させる事が出来、そのままルルベやプロムナードへの利用へつながって行きます。


また、動いている時はどうでしょう。皆さんはセンターの足の動きではよく5番ドゥミ・プリエを利用して、重心を中心に戻してきますよね?腕も同じで、アン・ナバンやアン・バで脇下と背中の筋肉を整えて次の動きにつなげます。しかし、初級者の方はこのアン・ナバンやアン・オーをおろそかにしてしまい、上手く利用できていない方が多くいらっしゃるようです。例えば、両腕を前に出す(チェケッティの3番での)グラン・パ・デ・シャで大きくジャンプする直前、両腕を前に出す寸前に正しくアン・ナバンを作ると、脇下の筋肉を引き締め、更に体幹と腰を上に持ち上げる事が出来ます。この体幹の引き上げがジャンプの高さと余裕を持った開脚につながって行きます。

 いかがでしょう?腕のねじりによる変化を感じられましたか?普段リラックスした状態で腕を使っていた身体では、まだ腕と体幹の筋肉の連動が感じられないかも知れません。また体幹の筋肉が鍛えられていなければ感じることも出来ません。しかしイメージは身体づくりの基本です。この連動を忘れずに意識してレッスンを行えば次第に感じるようになるはずです。

最後にとても大切なこと。それはバレエでの力は“りきみ”でも“つっぱり”でもなく“細く長く伸ばす意識”で行うこと。特に腕は早くしなやかに動かすため、5割程度の力の入れ具合で十分だと思います。 カチコチの腕は作らないで下さいね。


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