後ろタンデュは気持ちをこめて!


 静まり返る舞台の上、袖幕からゆっくりと歩き出るプリマ・バレリーナが「さあ、踊るわよ!」と観客へ知らしめる“プレパレーション(プレパラシオン)”。その多くはクロワゼのバットマン・タンデュ(タンジュ)・デリエール(後)から始まります。観客の期待を集める一瞬ですね。

私達の普段のレッスンでも、センター・ピルエットやワルツのプレパレーションで、クロワゼ5番のポジションからバットマン・タンデュ・デリエールでポーズをしたり、バットマン・タンデュ・デリエールを通ってタンデュ・ドュヴァン(前)でポーズを取ったりします。観客の目が集まる一瞬というチャンスにも関わらず、多くの初級者さんはこのポーズをなんていい加減に作ることでしょう!そのように手を抜いたポーズで始められたら、観る側もガッカリですし、美しくは踊れません。重心を落とし、お腹やお尻を突き出したポーズから美しく動ける訳なんてないのです。どうして多くの方がこのポーズをないがしろにされるのでしょう?例えレッスンであってもバレエの動きは本番と一緒です。先生や生徒さんをお客様と思い、もっと丁寧に自分のベストのポーズを作らなくてはなりません。

<基本のバットマン・タンデュ・デリエール>
 まずはバーで行う基本のバットマン・タンデュ・デリエール(以後“後タンデュ”)を考えてみましょう。 下の図はバーでの基本の後タンデュを横から見た図です。
図(1) 図(2) 図(3)

図(1) 土踏まずの垂直線上に付け根ポイント・丹田・頭部が並び、“芯”が形成されている所に注目して下さい。(水色の点線)
図(2) 土踏まずから付け根ポイントを通り丹田へ向かって内腿を引き上げます。
図(3) ビキニ筋(下腹の腸腰筋)を垂直に引き上げます。お腹を出したり、軸足の上に座るように腰の重心を落としたりはしないように!


<タンデュ・デリエールを作る時の意識>
  1. 姿勢を整えた5番ポジションから、まずは両脚の付け根ポイントを引き上げながら重心を軸足へ移す。(脚を出すタイミングと一緒)

  2. 動足の小指側側面で床を薄く削るように、小指を先行させながら膝を開いて動足をドゥミ・ポアントを通って後ろへ出す。後ろ足はなるべく遠くまで出すように。後ろ足の爪先は軸足の土踏まずの真後ろが理想です(素人の大人は踵の後ろくらいに少し譲っても良いという意見もあります)。ポイントした爪先が床と触れているのはごく小さい1点のみ。

  3. ビキニ筋(腸腰筋)は垂直に引き上げ、骨盤は出来るだけ立てたまま、しかし必要な分だけはわずかに前傾させる(出す脚に反動して骨盤をわずかに上斜め前方へ伸ばすような感覚)

  4. 骨盤前側に付いている両腰骨は必ず両側とも前を向き同じ高さになるように。タンデュの段階ではまた動足側の腰骨は後ろへ引いてはいけません。

  5. 背骨は天へ向かわせ、胸は横へ広く、両脇は上げて、背中のたて髪や背びれを下すような感覚で肩や僧帽筋を下します。

<タンデュは必ずドゥミ・ポアントを通って!>
 タンデュを作り出す時は足裏で床を舐めるようにしてポアントまで持ってきますが、その際には必ずドュミ・ポアントを通ることがとても大切なテクニックです。これは前・横・後、全ての方向で行わなくてはなりません。足指はギュッと握らず伸ばした状態で動かします。速い動きになると難しいように思えますが、ゆっくりした動きの時から習慣づけて動かしていれば、動きが速くなっても一瞬必ずドゥミを通って足を出せるようになります。そして5番に戻す時も必ず同じようにドゥミを通って土踏まずを上げながら5番に閉じて下さい。脚を閉じる時も両脚の付け根ポイントを引き上げながら行います。
図(4) 図(5)
図(4) デリエールの時は出来るだけギリギリまで小指で床を押して足を出します。
図(5) 足をアラスゴンド(横)へ出す時が一番土踏まずを強く感じる事ができます。きちんと指を折って土踏まずを押して下さい。

ポアントでもドゥミの状態でも土踏まずは強く甲側へ押しています。この力が美しい甲を作るのです。
このテクニックをマスターしているのとしていないのでは、細かい足さばきやポアントワークで実力に雲泥の差が付いてきます。特にトゥシューズでポアントからア・テールへ降りる際に、足指で床を押して土踏まずを引き上げた状態で降りるか、ペタリと土踏まずが落ちた状態で降りるかで全身の重心のコントロールが大きく変わってきます。必ず習得を目指して意識して足を使って下さい。

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<プレパレーションでのバットマン・タンデュ・デリエール>
 後タンデュの4枚の図があります。それぞれポーズの左右の図の差はごくわずかなのですが、違いがお判りになりますか?
図(6) 図(7) 図(8) 図(9)

 図(6)と図(8)は基本の後タンデュのポーズ、図(7)と図(9)は舞台上で観客にアピールした(プレゼンテーションを意識した)後ダンデュのポーズです。
基本のポーズからわずかに上半身が前に出ている様子が判りますでしょうか?この違いが観客の目からは印象として大きな差が出ます。
もちろん後タンデュはその時の役柄や振付けによって上半身の形は様々に変化します。必ず上半身を前に出すことがアピールのコツとは限りませんが、大きな要素のひとつであることに変わりありません。
例えば、対面で会話をする時に後ろに引いた姿勢で話をされるのと、前のめりになって話をされるのと、話し手の熱意に差が感じられませんか? 舞台も同じです。姿勢や視線、気持ちはお客様のいる方へ向けることで説得性が出て来るのです。 アームスも例えばドュミ・アラスゴンドに開いた場合、ポンとただ両手を開いて置いているだけより、きれいな形を作って先へ伸ばし続けた方が見る側にもきれいに見えるものなのです。ほんのわずかな形の違いですが、確実にそれを生み出すのは踊る側のアピールする気持ちです。

尚、後タンデュから前タンデュへ重心を移してプレパレーションをとる場合などは、始めにあまり重心を前に持って来ると後ろへ重心を移し難くなるので、図(6)くらいの基本のポーズで用意することも多いです。但し、全身をよく伸ばして立っていることが大切です。前タンデュで思いっきり美しい形を作ってアピールしましょう。

<美しいタンデュ・デリエール>
美しいタンデュ・デリエールを作るには以下の点を意識して作ってみて下さい。
図(10) 図(11) 図(12) 図(13)
図(10) 基本の後タンデュよりわずかに骨盤を斜め前方へ更に引き上げ、上半身を前へ出します。
図(11) 土踏まずより付け根ポイントへ内腿(ハムストリング)を引き上げ(ピンクの線)、その力を丹田を通って頭上までつなげます(赤い線)。ここで下腹を前や下へ出さないように下腹の丹田(あるいは腸腰筋)をほんの少し背中側へ引いてから上へ向かわせてみて下さい。胸までは傾斜した斜めのライン、胸から上はほぼ垂直に天へ伸ばします。
図(12) 胸から爪先までのラインを一直線にすると、脚が長く見えて美しい形になります(ピンクの点線)。ラインは爪先を通り床の中まで続くように意識します。胸から上は表現によって角度が変わりますが、必要以上には大きく傾けないようにします。顔の向きは変えますが、首は良く伸ばしてあまり大きく曲げないようにして下さい。みぞおちが開かないよう両脇をしっかりと上げておきます。
図(13) 後ろ脚を出来るだけ引いてオレンジの三角の部分はなるべく大きく見せると、ポーズも大きく見せることが出来ます。

 以上がタンデュ・デリエールを美しく作るコツになります。一度にすべて身に付けるのは大変ですが、一つづつ注意して習慣になれば一気にこの形を作ることが出来るようになりますので実践してみて下さい。但し、バレエのポーズのスタイルは流派や先生の好みによって変化しますので、先生にご注意された時は先生の指示に従った形を作って下さいね。

またコールドなどでよく使われる、後ろ脚の膝を曲げて両膝を付けたタンデュのポーズ(“バランシン・プラス”,“Bプラス”,“アチチュード・アテール”等と呼びます)では、あまり上半身は傾けません。このポーズは「休め」のポーズとも言われるくらい、身体に負担を掛けないポーズですので“芯”を伸ばす以外は少しリラックスして大丈夫です。

 プリエとタンデュはバレエの動きの土台です。「プリエとタンデュを制する者はバレエを制する!」等と言う先生もいらっしゃるほどです。正確にタンデュが出来ないと脚は絶対に正確には上げられません。正確なタンデュにこだわりましょう!

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<余談>
 タンデュの正式名称は「バットマン・タンデュ・サンプル」(Battement tendu simple)と言います。末尾の“サンプル”は“シンプル”(単純な)の意味ですが省略されることが多く、この“サンプル”は爪先を床から離す「バットマン・タンデュ・デガジェ/バットマン・タンデュ・ジュテ」に対して付いています。
バットマン“Battement”の語源は“Batte”(棒状の物)から来ており、太鼓のバチ等の「打つ」「打ち付ける」の意味を持ち、両脚を打つバッチュやバットゥリー“Batterie”と同じ語源です。バットマンとは「片脚を軸にしてもう一方の脚を直線方向へ動かし、軸脚に閉じて戻る」という動きに付けられている名称で、他にはバットマン・フォンデュ、バットマン・デヴェロッペ、バットマン・フラッペ、グラン・バットマン等があります。他方、ロン・ド・ジャンブは(円形の)という意味の通り、直線方向ではなく円形に脚を動かすのでバットマンが付いていないのだと思われます。
そしてタンデュ“tendu”とは(ぴんと張る)という意味ですので、バットマン・タンデュは「直線方向へぴんと張る」動きという意味を持つ動きであると覚えていて下さい。棒で打つようにしっかりと脚を張って伸ばし、素早く動かす!イメージが湧いてきますね!

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