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■ 180度ターンアウト信仰はやめる

 バーで第1ポジションに立った時、爪先が完全に180度に開いている下半身を見て「美しい」と思うのはバレエを学ぶ者の“(ごう)”のようなもの。「180度のターンアウト」を目指し日々鍛錬する私達にとっては「足を180度に開く(外旋する)」という意識は、まるで宗教の教えのようなものです。

ターンアウトは脚を美しく見せるだけでなく、脚を横に高く上げることを実現させ、前後左右へのフラつきも抑え、片足着地時の安定性も増すという、誠にありがたい技術です。しかし、私達人間の脚は膝を真横に向けて動くようには出来ていません。ターンアウトは脚の故障へもつながる危険な「ジレンマ」とも言えるでしょう。

<脚が外旋する角度>
 まず、脚のターンアウトについて考えてみましょう。人間の股関節は片脚が真横に90度向くようには出来ていません。訓練されたバレリーナで考えると、(ちきんと骨盤を立てた状態で)、股関節で大腿部が50〜70度、膝関節で20度程度、足首で10度程度、脚を外旋(外側に向ける)ことが出来ます。これが訓練されていない一般の人では角度は大分小さくなり、更に日本人にありがちな「膝や足が内向き」な骨格の方では脚を片脚90度外旋させることは殆ど不可能です。

<外国のバレエ学校>
実は欧米人でさえ、きちんとした姿勢で180度のターンアウトが出来る骨格の人は数百人に1人だそうで、ワガノワやオペラ座のようなバレエ学校では入学の際に骨格審査がありますので、ターンアウト可能な骨格の児童が選ばれ、訓練を重ねることによって限りなく180度に近いターンアウトを実現?させています。しかし、レッスンビデオ等をみても正確な姿勢で180度ターンアウトが出来ているダンサーや生徒は殆どいません。これが現実なのです。爪先を180度開く為には多かれ少なかれ骨盤を前傾させているケースが殆どです。

<骨盤の前傾>
 骨盤の前傾については、欧米の舞台の床が前に向かって傾斜しているので、その対処の為に骨盤を前傾させる習慣が出来ました。もちろん前傾させた方がターンアウトし易いという事も理由の一つです。しかし近年の解剖学の研究から、骨盤を大きく傾斜させて踊ることは脊柱の自由度を制限し、腰の骨を擦り減らしたり、前腿の筋肉を不必要に発達させてしまったり、膝関節をひねってしまったりと、弊害が多く発生することが解かって来ました。また、骨盤の前傾が大きいダンサーは腸腰筋が硬いという研究結果も出ています。腸腰筋が硬いと後ろのアラベスクの角度などにも影響が出てしまいます。わずかな前傾ならば許容範囲ですが、骨盤を大きく前傾させることは"百害あって一利無し"な動き方なのです。

<現実の問題として>
 では、実際の現実として爪先180度ターンアウトを捨てられるのか?と言えば、残念ながらそれはNOです。 プロの世界では「美」が優先されますので、なるべく爪先を開いて見せることが必要とされている現実があります。ですので、例えば舞台上で5番ポジションで立つ時は、例え少しお尻を突き出しても美しい5番ポジションをして見せます。それは言わば「美しい見せ方の演出」なのです。

 「脚が180度開かなくてはバレリーナになれない」などと言う話は全くのデタラメで、爪先が180度正確に開く日本人バレリーナは殆どいません。最低135度も開けばバレエを踊ることに支障は出ませんので、片足を60度ちょっとづつ開くことができれば問題はないのです。

実際にバレリーナが踊っている姿をビデオ等のスロー映像で見てみて下さい。完全に片足の爪先を90度開いて動いている瞬間は殆どありません。多くはグリッサードやジュテ等の横の動きの時ですね。なぜならば前後移動での足の踏み切りや着地を爪先を完全に横に開いて行う事は、身体の構造的に不可能だからです。真横に動く時でも爪先を完全に横に開いて着地するとバランスがかなり厳しくなり、また伸びあがった時に膝が捻じれる状態が多く発生します。
実際には踊っている時に完全に爪先を90度開く必要は殆どないのです。

一方、まれに存在する“爪先がよく開く人(開き過ぎる人)”は、バレエを長年続けて歳をとって行くと膝や股関節に故障を発生させる人が非常に多いという事も判明して来ています。このような人は逆に着地や踏切りの際に爪先を開き過ぎないように気を付けているそうです。

バレエの利点であるターンアウトの技術は賢く使わなくてはなりません。

<ターンアウトの意識>
 例え注意が必要な技術でもターンアウトの技術はバレエを目指す人間には常に追い続けなければならない技術です。少しの"無理?"はしなくては可動域は広がりません。特に児童は成長期に(わずかですが)骨格も変化させますので、自分の今の可動域を超える為の訓練はさせなくてはなりません。可動域を広げるのは股関節以外にも膝と足首の関節に加え、筋肉や腱の伸びも必要となります。

 訓練の際に一番気を付けなくてはならないのは、脚に体重が掛っている時の動き方です。皆さんも先生から注意されているでしょうが、「膝と爪先は同じ方向へ向ける」という意識はプリエや軸足の時の鉄則です。
「ターンアウトは膝を外へ回す意識で行うことであり、爪先を横へ向けることではない」
とても重要な意識です!長くバレエを続けていたいなら、必ず守って動いて下さい。
トンべなどでの踏切で、「踵を前へ出しなさい」という指導が行われますが、これは古い指導のやり方です。この時に必要な意識は「膝を開く」という意識で、(骨盤を適した角度に保ち)膝を充分に開けば踏切りに必要な角度は得る事が出来ます。逆に膝下を更に捻って踏切りや着地を行うことは、とても危険な行為ですので素人はやらないで下さいね!

 もう一つ、今度は脚に体重が掛っていない時のターンアウトの使い方です。
バレリーナの写真などで見て取れるように、上げた脚の美しさは膝の向きと膝から下のひねりの角度で表されます。膝が完全に横を向くことは難しいので、膝・足首・甲の外旋で更に脚全体が回っている印象を演出します。この使い方はよく「らせんの意識」という言葉で指導を受けます。
 「膝を横へ向け、踵を前へ、土踏まずを甲側へ上げて、小指を押す」
そんな意識でターンアウトの訓練を行います。脚に体重を掛けていない為、膝下を捻る時にもそれほど負担が掛りませんので、安心して「ねじって」下さい。但し、骨盤の角度や向きに注意して、足首後ろのアキレス腱は縮めないように気を付けましょう。脚は膝裏側のラインで遠くまで伸ばしましょうね。

タンジュやジュテでも動脚の「らせんの意識」は大切ですが、特にデベロッペを行う特に注意深く訓練をしましょう。美しいデベロッペは踊り手の印象すら変えます!デベロッペは「伸ばし続ける」動きであり「蹴り伸ばす」動きではありませんので注意して下さいね!印象的なデベロッペを手に入れましょう。

<180度ターンアウト信仰>
 最近の若い日本人はとても美しい脚を持つようになりましたが、昔の日本人は正座や内股歩きの歴史の影響もあって、どうしても短く内向きな骨格の脚が多かったようです。そんな日本人にターンアウトはかなり難しい技術だったことでしょう。いきなり欧米人の美しい180度爪先開きを見せられて、それが理想とされ、それを目指して走って来たのが今の年配の指導者の方々の世代です。ですので年配の先生方の中には少なからず「180度爪先開き信仰」をお持ちの方がいらっしゃいます。

私も実際に「180度爪先が開かない人は助手にしない」と言い切る先生にお会いしたことがあります。これは必ずしも間違っている訳ではなく、児童に理想を見せなければならない教師が中途半端な角度で開いていては児童はそれを真似してしまう、というお考えでした。とても難しい問題ですね。ですが、「では、あの助手の前傾している骨盤の角度はあれで良いのですか?あれを真似したら?」と思わず問いたくなったのも事実です。
また、プリエの時に児童の膝を手で無理やりにでも開かせる先生にお会いしたこともあります。さる高名な先生でした。知識の付いた今思えば、骨盤の角度より膝の角度を優先させるやり方に疑問を感じます。もっとも昔は解剖学なんてありませんでしたし、「長く踊ること」より「美しく踊ること」が大切な時代でしたから。

生涯に渡って故障を出さない動き方、プロとして通用する美しさを両立させることは、本当に難しい、ほぼ不可能ではないかとまで思われる問題です。しかしそれを追求して行くことがバレエ界の進歩の一つなのだと思います。

 私のこの文章を読んで下さっている方は素人の初級者の方々ばかりだと思います。ですので、長くバレエを楽しむ為にはぜひ「美」よりも「構造」を優先させて下さい。
バレエの美はターンアウトだけではありません。しなやかな伸びや動き、美しい上半身の様、他にいくらでも追及するバレエの美は存在するのです。

「180度信仰」よりも「充分に使い切る信仰」を大切にしましょう!