■ レッスンのやり過ぎは逆効果!

 皆さんは一週間にどれくらいレッスンをなさいますか?大人は事情・環境・考え方と人それぞれですので、毎日のレッスンでも週一回のレッスンでもどのようなレッスン回数でも良いと思います。

しかし「技術的に上達したい」という要求があるならば、理想となる練習量にはおのずと範囲が決まって来ます。練習量とはレッスンの回数でも、特定の「パ」を繰り返した回数でも、身体の疲労度でもありません。私がいう練習量とは“バレエに必要な身体の動きを、充分な集中力とエネルギーを持って動くことの出来た時間(量)”の事を指しています。ダラダラと惰性で動いたり、ヘトヘトに疲労し過ぎた状態で動いた時間は「練習」には含まれず、楽しむには良いかも知れませんが技術の習得という面では、ただの“無駄”か“悪影響を及ぼすもの”以外の何者でもありません。

どの競技やお稽古事も昔は若い世代の人達に「根性だ!」などと言って練習を強要するような誤った習慣がありましたが、現在では意味のない繰り返しと疲労は、悪影響を及ぼすという事がほぼ常識となっています。 なのに時々バレエ愛好者の方の中に毎日何レッスンも行ってしまう方が現れるのは何故でしょう? レッスンが楽しいから? 速く上達したいから? 仲間とおしゃべりがしたいから?

その様な方の多くは本当にバレエが好きで好きでたまらない方が多いのですが、同時に大変自己満足が強い方でもあるように私には思えます。よく更衣室で「今日は何レッスン目よ!」とか「今月は*十回もレッスンしたわ!」等とお話している方がいます。厳しい言い方をしますが、そういう方に限って筋肉が肥大してしまっていたり、全く身体が引き上がっていなかったり、動きが雑だったりして、「一体何をお稽古しているのだろう?」という感想をもってしまいます。

大人のバレエは焦って過剰なレッスンを繰り返しても上達はしません。それよりも適度な運動量で丁寧に丁寧に身体を動かした方が何倍も速く、美しく上達するものなのです。「休息」の時間もレッスンの一部なのだという事を忘れないで下さい。

<バレエの筋肉は毎日動かす必要はない>
 私の知識と調査では、成人の場合(筋肉の部位や個人差にもよりますが)一度身に付けた筋肉は練習をしなくても軽く1週間以上はそのままの強度を保持しています。筋肉は最初に身に付ける時が大変で、一度身に付けてしまえば定期的に身に付けた時と同じ負荷を掛けてやればそのまま保持している事が可能なものです。また一度身に着けた筋肉は強度が落ちてしまっても、同じ負荷を掛けてやれば最初の時より短時間で元に戻ります。すなわち「筋肉強化の為に毎日レッスンをする必要はない」のです。
研究では筋肉の強度より、筋肉や身体の持久力の方が早く減少が始まるそうですが、それさえもバレエ程度の運動では1週間程度では衰えません。熟達者であればあるほど持久力の減少スピードは遅くなります。

<踊る身体は“神経”が動かす>
 しかし私達は“筋肉”だけでバレエを踊っていない事をよく知っています。筋肉より重要で、筋肉を動かす“神経”というツールも使って身体を動かしています。“神経”は“筋肉”を支配するツールですので、“神経”を制する者がバレエの技術を制するといっても過言ではありません。でも残念ながら“神経”は“筋肉”ほど単純ではありません。“神経”は筋肉のような物質では無く、電気信号(神経伝達物質)や経験による記憶で形成され、「揮発(きはつ)」してしまい易い物なのです。
「バレエを踊る為に身体をどう動かせば良いのか」を習得するまでには気が遠くなる程の時間が掛り、またそれを身体が覚えている為には頻繁に身体に信号を送ってやらなくてはなりません。ですので「バレエのレッスンは毎日必要」だと言われて来たのです。
しかし“神経”は“筋肉”よりもずっと疲れやすく、回復の為にはより深い休息を必要とします。連続したレッスンを繰り返していると回復する時間が不足して、成長どころか退化や障害を生み出すのです。

<筋肉も神経も休息時に成長する>
 基本的には筋肉も神経も動いている間に成長することはありません。練習で負荷を加えた結果、休息時間の間にホルモン等が分泌され、筋肉は成長し、神経の反応は脳や身体に「記憶」されます。つまり、質の良い休息を取らないと練習の成果は身に付く前に減少してしまうばかりなのです。筋肉の成長には適度な負荷と睡眠が一番! 神経は受けた刺激を一旦は脳の表層部分に溜め込みますが、睡眠によってきちんとした記憶に変化させます。脳の表層部分は容量に限りがありますので、詰め込み過ぎは無駄になります。

<疲れ過ぎのレッスンは技術を滅ぼす>
 許容範囲を大きく超えたレッスンを行うと、まずは正確な筋肉を使わなくなり手っ取り早く使える表層筋を使い始めます。身体を楽に動かすために小さく動くようになり、体の重心は落ちて行きます。パの動きや形もいい加減になり、脳が疲れてアンシェヌマンを間違えるようになってしまいます。こんな練習がどんな結果を生むかは明らかです。
確かに、現在の自分の許容量よりは少し負荷の多い(難しい)レッスンをしなくては成長の促進にはなりません。しかし度を越した負荷は悪い物しかもたらしません。バレエは「苦行」ではないのです。動作の単純な他のスポーツと、動きが複雑で「脳」を多く使うバレエやダンスは大きく違います。
日に何レッスンも行える人は、最初のレッスンから上記のように100%の力でレッスンをしていないのではないでしょうか?殆どの人間は筋力も集中力もそんなに長くは続きません。クセやコリで作られたバレエは“美しい”バレエとは似て非なるもの!形は似ていても少しも美しくはないのです。
大きい疲労を抱えた身体は、回復に長い休息を必要としてしまい、長い休息で失った能力はまた長い時間を掛けないと取り戻せません。

<週にどれくらいレッスンをしたら良いのか?>
 では、一体どれくらいのレッスンを日々行ったら良いのでしょう?それは個人差が大きいので決められない事ですが、筋肉だけを考えれば「2〜3日置き」とする説が多いです。しかし単純運動ではないバレエやダンスではそれでは“維持”は出来ても“成長”は難しいと私は思います。これはあくまでも個人的な意見ですが、30代以降になったら理想はせめて1日置き(週3〜5日)、連日するなら強弱をつけて行う(例えば上級→初級→上級とか、中級→基礎→中級など)。1日に複数レッスンを受けるならせいぜい強弱つけた2レッスン、あるいはレッスン+ポアントクラス辺りが限界ではないかと思います。
若い10代や20代前半と比べ、30代以降は一晩では疲労を回復出来ません。疲労を蓄積させないことが上達への重要な要素の一つです。

また、上記のペースはあくまでもバレエ中心の生活が出来る方の目安です。バレエは精神的な楽しみの為の物でもありますので、週1日1回のレッスンでも自分への利益は大きいと思います。(音楽を聞いたり身体を動かすことで「うつ病」の発生率も激減するそうです。)
更に、バレエは「観る」事が上達への大きな効果となります。“神経”は想定したイメージを身体で実現させ、その経験が記憶となります。より明確にイメージする事が運動の速い上達を促すことは様々な実験で実証されています。レッスンに行かない日はビデオを観てイメージのトレーニングをする等、練習の仕方はそれぞれです。自分なりのバレエ・ワークを構築して下さい

<完全オフ休日のススメ>
 「休息」には何もしない“完全オフの休日”と、ストレッチや自分にとってごく簡単なクラスを受ける“不完全オフの休日”があります。身体だけで考えれば完全オフより不完全オフの方が休息からの復帰が速いそうですが、バレエは大変“脳”を使う運動ですので、せめて週に1日はバレエの練習は何もしない完全オフ日を作ることをお勧めします。完全オフ日を作ると頭も気持ちもリフレッシュされ、休み明けには気持ち良くレッスンを始められるはずです。

<疲労の回復には>
 疲労の回復方法には様々な方法がありますのでより専門的なサイト等で情報を得て下さい。
私のおススメはクエン酸(サプリメントか柑橘系入りドリンク)の摂取と睡眠。特にお勧めしたいのは「入浴」です!半身浴も良いですが、私のお仲間達や師匠方はとてもスパやサウナ好き!私も毎週近所のスパや銭湯へ通います。サウナ→冷水浴→休息を繰り返し、温冷効果で血液を循環させます。筋肉疲労にはとにかく血液循環が一番!「入浴」は神経も癒してくれ、良質な睡眠も得られますから一石三鳥ですよ!これについては日本人で良かった(^^)v

<筋肉痛はなるべく避ける>
 ウェイト・トレーニング等をする人達の間で「超回復」などと呼ぶ、わざと“筋肉痛”を発生させ、回復させて筋肉を肥大させるという手法があります。“筋肉痛”が起きるのは筋肉の繊維が大量に破壊される為で、それが大急ぎで修復される時に繊維の量が増える事で筋肉が太くなります。細くしなやかな筋肉を必要とするバレエで、こんな手法でついた筋肉が良い働きをする訳がありません。バレエでは(特に女性は)自分の体を支える事が出来、必要な量のジャンプが出来る筋肉量があれば十分です。バレエはコーヒーのドリップのごとく時間を掛けて動きを教え込みながら筋肉を育てて行かなくてはなりません。頻繁に筋肉痛になるようなレッスンは避けるべきです。また筋肉痛でレッスンを受けると痛みをかばって悪いクセも付きかねません。筋肉痛などを起こさなくても筋肉はちゃんと成長しますので無理はしないで下さいね。

<成長期の子供と、成長終了の大人は大きく違う>
 成長期の人間は毎日のように身体が変化します。骨や筋肉の変化はもちろんのこと、それ以上に運動を司る神経は驚くようなスピードで成長します。ですので時々、まるで電気ショックでも受けたかのように突然に技を成功させ、それを維持してしまうことが可能だったります。しかし既に身体が出来上がってしまった大人は違います。蓄積した練習で筋肉も神経も十分な用意が出来てから技を習得します。しかし正しい蓄積がなければ正確な技は得られませんし、間違ったテクニックは身体を滅ぼして行きます。
 大人でも筋肉は何歳になっても発達しますし、神経もちゃんと育って行きます。(神経細胞は成人になってからは殆ど増えることはありませんが、刺激によって細胞同士が連結して発達します。但し間違って覚えてしまった連結を切り離すのは、正しい連結を覚えさせる事よりずっと大変なことなのです。)繰り返しの練習は必要ではありますが、若い人と同じような練習は大人の体には合わないことを良く理解して下さい。また、児童でさえ週1回の休息は必ず必要とされており、世界中のどのバレエ学校でも週に1日は休日が義務付けられています。大人に休日ゼロが可能なはずがないのです。

<プロはセルフ・コントロールを大切にする>
 「プロのダンサーは毎日レッスンしているし、毎晩踊っているわ!」と考える方がいるかも知れません。しかし毎日何レッスンも行える程、素人の大人(特に中年以上)の体は強くは出来ていません。プロのダンサーはダンサー用の体を作りながら大人になります。骨格も骨の太さも訓練せずに成長した身体とは異なります。そんなプロでさえ、全身で集中できるレッスンは1日に1レッスン、それ以外は踊りの練習やレベルを落としたレッスンしか行わないと言います。リハーサル前のレッスンは軽めに済ませるプロが殆どですし、疲労回復にも積極的に努めます。一流のダンサーになるほど彼らは自分の許容量と云うものにとても神経を使ってバレエを行っているのです。


 しつこく繰り返し「休息」について述べて来ましたが、一生懸命レッスンをする方は本当にバレエが好きで上達したい方ばかりです。しかし長く幾つになってもバレエをしていたいなら、たとえ20代であってもご自分の体を大切にして下さい。一度傷めてしまった故障の後遺症はジワジワと身体を蝕み、中高年になって痛みとなって自分を苦しめます。泣く泣くバレエを止めた方が幾人もいらっしゃいました。
素人には素人のバレエの楽しみ方があります。いえ、素人の方が心からバレエを楽しめるのかも知れません。自由な練習量を選べる素人だからこそ、正しく故障なしに満喫して欲しいのです。

「きちんと休息を取って、神経を集中させて、爪の先まで丁寧に身体を使ってレッスンをする」これが上達への一番の近道です。
末永くバレエを楽しみましょう!