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掲載日:2017/06/09
■ バレエ教師の資格について考える

 おそらくバレエ界の殆どの人が「このままではいけない」と感じていることに“日本にはバレエ教師の資格制度がない”という問題があります。ご存じの方も多いと思いますが、日本ではバレエの指導に免許制はありませんので、誰がバレエを指導して指導料を得ても良い状態になっています。故に現在は野放し状態です。現実に驚くほど技術も知識もないバレエ教師が、公然と教室を運営してしているケースもあります。

バレエについて知識のない方が対価を支払って「バレエ」という芸術・技術・運動を学ばれるのですから、ウソを教えるような事になってはいけません。技術レベルの低い教師は実際に自分が感覚として得ていない技術をどうやって素人の他人に伝授出来るというのでしょう?もちろん、プロを養成する教育と、大人が趣味でバレエを習う教育では内容が少なからず異なります。しかし、クラシック・バレエがどのような物であるのかは(時代的傾向があるにせよ)厳然と正しい形があるのです。

<日本の現状>
 海外ではバレエ教師になるにはきちんと教師の養成教育を受けて、公的機関の免許が必要であることが多いです。現在は日本にも海外のバレエ教師の養成コースを受講し免許を習得して指導をしている先生も少しづつ増えて来ました。日本ではKバレエ等ごく一部の機関がバレエ教師の養成に制度を設けていますが、技術的水準の統一は未だありません。

私が一番憂うのは、“バレエ教育という物は後で修正が効く物ではない”という点で、もし「将来プロになりたい」と願うジュニアが現れたとして、その時点までに正しいバレエ教育を受けていなければ、多くの場合でプロにはなれないという事です。修正の効く年齢もありますが、人間と言うのは一旦覚えたクセを直すのは非常に大変でありますし、バレエは身体を形成する時に訓練を施しバレエ向きの身体を作る必要があるのです。柔軟性もそうですが、例えば足の骨の太さや足裏の筋肉の強さは残念ながら成長期後に身に付けようとしても身に付ける事ができません。
そんな時にそれまで正確でない指導して来たバレエ教師は責任を取れるのでしょうか?

また、大人はプロになる訳ではないからいい加減に教えても良い、という訳でもありません。本人はバレエだと信じて練習してきた動きが、実は教師のお手本の影響で、外腿などの表層筋ばかりを使って筋肉を肥大化させ、見た目の動きもスタイルも美しくなくバレエというより他のダンスに近い場合があります。目の養えている人間から見れば一目瞭然です。何より大人の指導は年齢を加味して、“無理のない”“故障を起こさない”内容で指導する必要があるのです。これは児童に行うバレエ教育とは別の観点をもつ必要があります。

 優れた踊り手が必ずしも優れた教師になれる訳ではない、というのは事実ですので、やはり“指導する”というノウハウは「学問」になっていなければいけないと私は思っています。そして大人バレエには大人バレエを指導するテクニックが必要なのです。そろそろ日本でもきちんとした研究機関が発生しても良い頃です。なにせ日本は人口当たりのバレエスクール数が世界的にも異常なほど多いバレエ大国なのですから。

とはいえ、お国はバレエにはあまりお金を出しませんし、日本バレエ協会という団体も日本の全てのバレエ団・バレエ教育を掌握している機関でもありません。自然発生的に発展して来た日本のバレエ界は実はあまりまとまりがないのです。

<現実を考えると>
 しかし現実を考えると時間が掛かる問題であるとつくづく思います。例えば極論ですが、ある日を境に「免許制にしますので3年以内に全てのバレエ教師は養成コースを受けて免許を取りなさい」なんてお触れが出たとしましょう。全国に2万以上あるスクールの半分以上が恐らく閉校となってしまうかも知れません。どのレベルの実力で何の教師の免許を与えるか、という問題は別としても、例えば主宰の先生は免許が取れても助手の先生は取れないという結果になったら人手不足でスクールを続けて行くことが出来なくなります。もしバレエ団などから教師を派遣してもらうとすればレッスン代を上げなければならないケースも出て来るでしょう。それに、先日私の師匠とこの話題について話をしていた際、師匠ご自身が「私は多分もう受講も出来ないし、実技も通らないから廃業ね。」なんておっしゃっていました。今まで国内外に複数のプロダンサーを輩出してきた師匠はバレエ教師の資格十分だと思いますが、もし画一的な制度になったらこのような大御所先生も出て来てしまうのです。(現実にはケースバイケースで対処されるでしょうけれど)

 そしてスクールの多い都市部では良いですが、地方のスクールの少ない地域で閉校が発生すれば、それこそバレエ人口の縮小につながってしまいます。地域に限らず多くの人がバレエに触れてバレエを正しく楽しめる事が理想なのです。広い裾野が天才を生み出しますしね!

<本当は指導者には人格者であって欲しい>
 人を指導するというのは実はとてもストレスも多く、また知性も必要な職業です。できれば聖人とまではいかないまでも、指導者である自覚を持ち、気分的なヒステリーを起こしたり、気に入らない生徒に意地悪などをしない人格の人が適していると思うのですが、いかにせん、以前はお金持ちの我がままなお嬢様先生が居たり、芸術家気取りの感情の起伏の激しい先生が居たりしました。「人格者って、たかがバレエ教師じゃん!」と思う人は“たかがバレエ教師”にもなれません。貴重な対価を払い学びに来る生徒さんには真摯に向き合う必要があるのではないでしょうか?教師には適性もとても大切だと思うのです。

<世の中には正確なバレエを必要としない人もいる>
 「バレエを習うなら当然正確な技術を学びたいだろう」これは、バレエ習得に切磋琢磨して来た人間の感覚で、実はそう考えない方々もいらっしゃいます。例えばスポーツジム等で“バレエ・エクササイズ”等と銘打ったバレエの動きを土台としたエクササイズ等を楽しむクラス。こんなクラスを楽しまれる方は、ややこしいバレエの練習を学ぶよりも、気楽に楽しんで筋肉を鍛えられる方がお好みかも知れません。危険性がないのであれば、お邪魔をする理由はないのですが、そのような場合は必ずそのエクササイズ自体はバレエの練習ではないと告知してから指導を行って欲しいと思います。世の中のニーズは多様化していますので、こんな形もあるのでしょう。

<後で後悔をしない為に>
 このようにバレエ教師の資格制度は短期で簡単に実現しそうにはありません。しかし「なんちゃってバレエ」を指導される被害を出さない為にも少しづつ資格制度に移行する必要性は大きいと思います。(実現したら資格のない私のこんなホームページも掲載できなくなりそうですね。でもそれも良いことでしょう。)

 児童の夢の実現も大切ですが、何より安全にバレエを続けることが一番大切です。今、自分と周りが年齢を重ねて来て、若い頃からの無理が老年期になってからとてもとても大きく影響するという現実を目の当たりにすると、本当に考えさせられます。立つのも辛い、歩くのも辛い、回転するのも痛い、となってからでは遅いのです。知識がなくて体の構造を無視して指導をするような教師には絶滅して欲しいと心から願います。
自分の身を守れるのも自分しかいません。皆さんもお体を大切に、きちんと休息を取りながら大人バレエを楽しんで下さい。