■ もっと“表現”を!

 バレエにおいて"表現"するってなんでしょう?バレエは技術芸術で構成される舞踊のひとつです。レッスンで学べる身体の動かし方は技術であり、踊る際に技術の上に付け加えられ、観る側に感動を与えるものが"表現"による芸術です。バレエでのエポールマンやアームス(腕)のポジションは、"表現"する上での道具ではありますが、それ自体はバレエの決まりごと、様式美の一つに過ぎません。きれいなポーズを作れてもそれだけでは人の気持ちは動かないのです。各個人に備わった感性が作る、ほんの少し違う首の角度、それぞれのかき抱くような腕の動き、心の動きが伝えられる表情、そんな諸々の違いが観ている人の心を動かすのです。

「"技術"は教師から教われるが、"芸術"は他人から教わることは出来ない」
よく言われる言葉ですね。確かに教師はアドバイスによって生徒へ影響を与えることはできますが、その人の"表現(=芸術)"を生み出すことは出来ません。せいぜい「その形はおかしい」や「その表現では伝わって来ない。伝えるにはこうした方が伝わりやすい。」など、より良い方向を生徒へ指し示せるだけです。それにも多分に教師の好みも含まれます。

教師の「好み」の問題はあって当然の要素で、感性を持つ人間である教師が「良い」「悪い」を感じてより「良い」方向へ生徒を導くのですから、「良し悪し」も感じない人間に舞踊の指導など出来ないと思います。また、その教師独特の「好み」="表現"を学びたくて、指導を受けに行く場合もあります。

ここで問題となるのは、「好み」の強制ですね。児童はまだ自己が確立していませんし、バレエを鑑賞した経験も少ないですので、ある程度「こう表現しなさい」と指導しても良いと思いますが、それなりにバレエについての経験のある成人に対しては、"表現"についてのアドバイスはしても強制はしてはいけないと思いますし、またすることも出来ません。何故なら舞台の上で踊るのは本人なのですから。ですので、舞台を降りた後の大人の生徒に「どうして言った通りに表現しなかったの!」と叱るのはあまり良いことだとは思いません。つい熱意からそんな指導をしてしまう先生もいらっしゃるかもしれませんが、そういうお叱りは右から左へ流してしまって良いと私は思っています。
(但し、群舞などで全体を合わせなければならない場合や、作品全体の方向性によっては先生に従わなければならない場合もあります。特にプロの方の場合はお金を支給されて踊るのですから、監督やミストレスの先生などの指導は絶対でしょう。)

本来、人の動きでの"表現"って言葉では表せないモヤモヤしたものですよね?クラシック・バレエは踊りの振付けが決まっていて同じ踊りでは同じ動きをするにも関わらず、踊る人によって感動が違う。踊る人間の解釈によって、観る側の感じ方が変わる。もちろん観る側の解釈も自由です。それがクラシック・バレエの醍醐味なんです!

クラシック・バレエはコンテンポラリー・ダンスやジャズ・ダンスなどと違って、体の形や動かし方が厳密に決まっていて、決まった形の中に自分を当てはめるようなもの。でも、ストレスいっぱいの中で、その形の中に自分を入れて更に自由に伸びていけるライン、動かせるラインを、自分の表現したい心と共に、みつけられた時の快感はもう最高!です。私にとってはコンテンポラリーの自由度に増す快感が身体を突き抜けるのです。だから私はクラシック・バレエが一番好き!!そう思うのです。

"表現する"というのはそんな快感を伴うものなのに、日本人の方はとーっても控えめな方ばかり。「"表現する"のは舞台の上でだけ」なんて考えていても、いきなり本番で伝えられるような甘いものではありませんし、素人では踊りのリハーサル量なんてとても少ない。それに私のように舞台に出ない方では"表現する"ことを楽しむ場がないことになってしまいます。せっかくスタジオという「踊る」場所に来ているのですから、皆様恥ずかしがらずにどんどん"表現"をつけて踊りましょう!練習でのアンシェヌマンも踊りの一部には違いないのですから。
型の美しさは技術のレベルによって違いが出ますが、「楽しそう」「哀しそう」「柔らかい」「強い」など、伝わるものは本人の実力とは関係ありません。舞台で児童や初心者の方々の踊りを観ていて、「あ、この人良いな〜、好きだな〜」と思わせる人は少なからず発見します。(人のミスや技術完成度ばかり追いかけて観ていては気づけませんけれど。他人の努力する姿を見て悪く笑う人は、感性の鈍いバレエの才能のない人ですから無視して良いのです。)

パの技術は20代前半が筋力・体力と共にベスト。しかしバレリーナの完成期は20代後半から30代と言われます。もちろん、その後も派手な技術を望まなければ、熟練バレリーナの方がずっと物語の中に私達を陶酔させてくれたりします。
"表現"は年齢と共に厚みを増して行くもの!どんどん、"表現"して「踊る」ことを楽しみましょう。

 最後に、自分の表現したいものは「伝えよう」としなくては相手には絶対に伝わりません。舞台でもスタジオでも「伝えよう」と念じて表現(アピール)すること。自己満足な表現では舞台の先端から客席までは出て来ません。そして伝わった瞬間は、結構踊っている側もそのことを感じることが出来るのです。「お客様と共に踊る」そんな幸せな瞬間を味わって下さいね。