掲載日:2020/12/25
■  やっぱり悪役が好き!

 ※ 更新が遅れてしまい、お待ち下さっていた方には大変申し訳ありませんでした。
   お楽しみ頂けましたら幸いです。 m(_ _;)m



「主役よりも悪役が好き!」「悪役を踊りたい」と思う方も多いのではないでしょうか?作品にもよりますが、私も悪役を演じてみたいと強く思います。バレリーナって意外と男勝りな方も多いので、私の師匠達も結構悪役好きの傾向があります。脇役のキャラクターは演じ方に広がりがありますし、踊りも主役よりも高度なテクニックを要求される振付けも多いですよね!今回は悪役や主役以外のキャラクターについてお喋りさせて頂こうと思いますので、皆様もご一緒に考えてみて下さいね。バレエ作品に詳しくない方は作品のあらすじをネットで検索したりしてからお楽しみ下さい。

<絶望をもたらす黒鳥>
 まずは悪役の代表格といえば“黒鳥のオディール”でしょう!「オデットよりオディールの方が好き!」な人は沢山いますし、オデットのグラン・アダージォが古典バレエの王道であるならば、オディールのグラン・パ・ド・ドゥは個性とテクニックの最高峰と言えるのではないでしょうか。

オディールはフクロウの化身とも云われる悪魔ロットバルトの娘ですが、ある時父親から「オデットと王子の婚約を壊しに行こう」あるいは「王子を誘惑しろ」と言われる訳です。オディールの気持ちはどうだったのでしょう?もちろん設定的に“善人”ではない訳ですから、「真実の愛なんて馬鹿らしい!」とせせら笑って参加したのかも知れませんし、「オデットの幸せなんて許せない」と思っていたのかも知れません。

『白鳥の湖』は本当に様々に解釈・演出する余地のある作品で、プロダクト(版)によっては「悪魔がオデットへの愛を拒絶され、オデットを白鳥の姿に変えてしまった」という演出の物もあります。そんな場合は、オディールは娘としては「パパはこんな娘のどこがいいの?」と思うでしょうし、「王子をオデットから奪ってやる」という気持ち満々!になる気もします。

オデットは若いダンサーが踊る時は可憐に、ベテランの時には高貴で芯の強い女性として演じられることが多いですが、オデットが真実の愛を信じる“希望”であるならば、オディールは誘惑に踊らされる人間の弱さを引き出す真っ黒な“絶望”という存在なのでしょう。実に魅力的なキャラクター!ぜひ、踊ってみたいですよね〜?

     

<ちょっとあまりに勝手じゃない?>
 古典バレエの物語はバレエにセリフがないことも影響してシンプルな内容が多いです。原作とは大きくストーリーが変わっている物も多いし、バレエ特有のご都合主義的なストーリーも「ま、バレエだから」で済んでしまうのですが、私が特に違和感を感じるのは『海賊』の登場人物たちです。。

次なる悪役は『海賊』のビルバント。ビルバントは主役である海賊の首領コンラッドのナンバー2的な存在な訳ですが、コンラッドに反逆をもくろみ、多くの作品ではコンラッドに殺されてしまいます。 でも反発したくなるじゃないですか!だって、彼からしたら今まで散々一緒に海賊として悪事を働いて来たのに、いきなり自分だけ可愛い子ちゃんと結ばれて、他の娘達を全て解放しろなんて。娘達の売買は飯のタネでもあったかも知れないし?

奴隷商人のランケデムだって娘を奪われたら信用丸つぶれじゃないですか!必死に取り戻そうとしますよ、そりゃ。マラーホフもABTから主役のオファーがあったのに「ランケデムを踊らせてよ」という事で、とっても魅力的なランケデムを踊りましたよね?やはり悪役って魅力的。

この連中やっている事はすべてクズ男なんですが、価値観も倫理も現代とは全く違う時代のお話ですからねぇ。それになぞらえると大金はたいて娘達に逃げられたパシャも少し可哀想な感じ? ハーレムって一部は盗賊などから女性を守るという意味合いもあったらしいですよ。時々、小太りでオタオタするの可愛いパシャが居たりするので面白いです。

ところでアリってどういう人物だったのでしょう? アリはコンラッドの従僕ですが、実際にはおそらく奴隷か何かだったのではないかと思われます。コンラッドに心酔していたのかも知れませんが、複雑な立場…。なぜあの寝室のシーンでパ・ド・ドゥではなくパ・ド・トロワになるのかも不思議だし、アリの方がテクニシャンな踊りですしね。アリは悪役ではありませんが不可解なキャラクターであることに違いないです。とはいえアリ無しの『海賊』なんて全く魅力がありませんから重要人物ではありますよね。

まあ『海賊』は改訂につぐ改訂で形式も音楽もぐちゃぐちゃな作品になっているのですが、これほど様々な踊りを楽しめる作品もないので、純粋に踊りを楽しめば良いということですね!



<孤高の存在のミルタ>
 踊ってみたい悪役で人気なのはミルタも間違いなくその1人でしょう! どこまでも美しく冷たい様相でクールでカッコイイ!
ウィリーの長のせいか長身のダンサーが選ばれることが多いですよね。登場時のあのパ・ド・ブレは『ジゼル』のハイライトの1つだと思います。静かに、上下せず、しかし速いスピードで舞台を横に突っ切る訳ですから凄いテクニックですよ。

男に捨てられ亡霊となったウィリー達の心を癒すため、深夜の森に来た男共を捕り殺す! なんとも哀しい復讐劇(八つ当たりだけど)ではないですか。
そんな生き方?をして来た彼女達の前に、「お願い!彼を殺さないで」なんてジゼル達のラブラブな様子を見せられたら、そりゃ腹立ちますって。自分達の生き方を否定されているみたいなモノだし、他のみんなの彼はお墓になんか来てくれなかったでしょうからね。

『ジゼル』の物語の一番の悪役はやはりアルブレヒト様ですって! ヒラリオンではない。ヒラリオンはなんとかジゼルを自分に振り向かせたかっただけ。浮気男に一番非があるの! でもねぇ、これも時代背景が違うから、お貴族様が平民の娘の心をもてあそんでも、妾を作っても全く普通のことだったんですよ。アルブレヒトにはそれほどの悪気はなかったのです、たぶん。

そこら辺の解釈はヌレエフがリアルで、「え?僕何かいけないことしました?」って顔して戸惑う様子を見せるんですよ。まわりの貴族たちも平民に対して少し冷たい表現なの。なんか時代背景ありありな感じ。おそらく彼がお墓に来たのは罪悪感からではなくて、ジゼルへの喪失感だったのではないでしょうか? ま、現代ならダメ男ですけれどね。
もちろん、アルブレヒトを“無邪気な善人”と解釈することも出来ます。

『白鳥』も『ジゼル』も『バヤデール』も『コッペリア』も、バレエの世界の男共って何故かダメ男の集まり!



<一番の美魔女はニキヤじゃない?>
 メジャーなバレエの主役の中でも一番の美魔女は『ラ・バヤデール』のニキアだと私は思うのです。
だってこの方、神に身をささげる巫女のはずなんですよ。更に生涯を祈りに捧げた大僧正の心さえも虜にする美貌!そして最後には裏切った恋人ソロルを捕り殺してあの世に連れて行くんです。友達には欲しくないタイプですな。

ガムザッティも災難ですよー。彼女からしたら自分は国の中で母の次に高貴な女性だと思っていてプライドだって高い。まさか巫女に邪魔されて自分の恋路が邪魔されるなんて我慢できる訳がない。おまけに一度ニキヤに殺されそうになりますしね。ニキヤを殺すように仕向けたのは、ガムザッティなのか父親のラジャなのか、はたまた乳母なのかは不明ですが(多くの解釈ではガムザッティ)、「たかが堕ちた巫女の命なんて!」なんてことを思ってしまったのかも知れないです。そして最後には彼女も殺される。

ニキヤは絶対に“聖女”ではないと私は思います。“聖女”なら彼の立場や出世欲を理解して許していますよね。…“聖女”(都合のいい女)である必要なんかないとも思うけど。



<主役よりセクシーなアブデラクマン>
 「セクシーな悪役」といえば、私はこの人につきます! グリゴローヴィッチ版『ライモンダ』のアブデラクマンを踊った、ボリショイのゲディミナス・タランダ!。バレエ・ビデオの紹介ページでも書いていますが、本当に踊りまくって激しくセクシーなの!死ぬ時すら。

アブデラクマンは婚約者ジャンのいるライモンダに横恋慕するサラセンの騎士ですが、ノーブルなイケメン騎士のジャンとは真逆に野性味あるオリエンタルな騎士で、踊りまくる従者達を従えてライモンダに迫りまくります。 ライモンダは嫌がっているのでほぼストーカーなんですが、それでも彼の踊りには心を駆り立てられるし、そんなに強く愛されたらほだされてしまうような気さえしますよ。ライモンダが嫌がっていたのも実はアブデラクマンに惹かれそうな自分が怖かったのかも知れないですよね。好みの問題ですが、ジャンと結婚したら穏やかに過ごせるかも知れないけれど退屈しそう…。o(>O<)o

セクシーな悪役は観ていて楽しい!大歓迎ですっ!

(※ タランダ出演はボリショイ版です。一番右と左)


<涙を誘うコッペリウス>
 こちらもビデオ紹介の記事に登場しますが、ローラン・プティ扮するコッペリウス
マルセイユ・バレエの1975年版『コッペリア』の映像は残念ながらディスク化されなかったので、今では購入することは出来ません。新国立劇場がこのプティ版の『コッペリア』をレパートリーにしていますが、私は観に行っていないので現在コッペリウスがどのように演じられているのかは知りません。(2017年にNHKプレミアムで新国立劇場版のプティの『コッペリア』が放映されています。) ローラン・プティ扮するコッペリウスは「悪役」ではあっても「悪人」ではない、エレガントで憎めないコッペリウスなんですよ。(1995年には日本公演が上演されていて、こちらも2007年に放映されています。この時のコッペリウスは70代のプティが演じています。こちらも素敵。)

コッペリウスは自分が作った人形コッペリアがなんとか人間になってくれないかと、フランツやスワニルダの命を狙います、と言っても勝手に彼の部屋に入ってきたのは2人の方なのですけれどね。コッペリアに扮したスワニルダに騙されて、結局は二人に逃げられてしまいます。

命を狙った行為は悪いですが、コッペリアを愛するが故の行為。最後にプティ扮するコッペリウスがコッペリアを抱きながら踊らせようとするのですが…涙を誘うシーンとなります。

コッペリウスって、おそらく人付き合いの殆どない人形師で、毎日人形のコッペリアに話しかけて過ごしていたのではないかと思います。彼の孤独な妄想の中でコッペリアと踊ってみたいと思ってしまうのは責められませんよね。彼にとっての大事な大事なコッペリア。それを勝手に部屋に入って来た若者二人に服を脱がされ台無しにされてしまうのです。作品によっては壊されてしまうこともあります。スワニルダがコッペリアになりすまし、あたかもコッペリアが人間になったように振る舞いコッペリウスを喜ばせて、そしてコッペリアを壊して行く(あるいは服を脱がせたままにして行く)なんて、ちょっとあんまりな行為です。

プティのコッペリウスは最高のコッペリウスでした!彼の『コッペリア』という作品の中にピッタリな紳士。コッペリウス次第で『コッペリア』という作品はこんなにも変わるのだなと思わされた作品でした。この作品を観てからは、他の版を観る時もいつもコッペリウスに思いが至ります。立場変われば正義も変わるなんて感じでしょうか。

(※ プティ版の『コッペリア』は現在日本では販売されておりません。)


<悪役のキング! カラボス様>
 悪役の王道といえばやはり『眠りの森の美女』の魔女カラボス様でしょう! この役は本当に演じたがる先生が多いです。『眠り』を発表会でやると聞きつけて、「カラボス決まった〜?僕やってあげるよぉ〜」なんて大御所先生までいるくらい。私の師匠もとてもカラボスを演じたがっていました。私もやってみたいキャラクターの一人です!

カラボスって魔女なのに男性が演じることの多い役ですよね?「なぜ男性なんだ〜?女性でもやりたがるダンサーは多いでしょうに」と心から思います。男性の方が身体が大きくて迫力ありますしね。しかし女性がカラボスを演じる版も沢山あり、チュチュを着て踊りまくるカラボスもいるし、リラと対極に張り合うカラボスも居たりします。女性がカラボスを演じる場合は大抵設定は美女!迫力のある悪女がたまらなくカッコイイ!です。

カラボス様は映画『マレフィセント』の主役にも抜擢されるくらいの愛されるキャラクター!アンジェリーナ・ジョリーさんはイメージぴったりでしたねぇ。もっとも善人のカラボス様なんて私には魅力ないですが。カラボス様はあくまでも性格の悪い悪女でなくてはいけませんよ。リラとの対比にならないでしょう?

ここでカラボス様の気持ちをちょっと推し測ってみましょう。 国中の妖精達が招待されている宴に、なんと自分だけ招待されない訳なんですよ!こんな侮辱ってあります?リラの精は自分の部下も妹分の妖精達も引き連れて出席しているのに。 もしかするとカラボスだって宴に出る為にドレスを新調していたかも知れないし、誕生したオーロラ姫の為に意地悪〜なプレゼントも用意していたのかも知れません。それらはすべてパ〜ですよ。傷つくのは解るわ〜。

もっともそのお返しに幼いオーロラに死の呪いをかける辺りは、期待通りのクズっぷりなのですが。
最後はリラの精や最近では王子に負かされてしまいますが、彼女の迫力が大きいほど対決のシーンも引き締まりますよね。引き連れている手下も最近ではかなり魅せる踊りをして盛り上げていますし。

結局、おとぎの国の主人公達は清らかな善人が多いのであまり問題は起こさず、悪役の働きが物語を展開して行く訳ですよ。悪役あってのおとぎの国なんです。ビバ!悪役!




ここで並べた悪役以外にも、『ロミ・ジュリ』のティボルトしかり、『愛の伝説』のメフメネしかり、同情するべき悪役は沢山いますし、悪女?という意味ではカルメンやマノンもいて、とても魅力的なキャラクターですよね。

主役の踊りもとても素敵で踊ってみたい!けれど悪役の踊りや演技もやってみたい気持ちが満々になります!
皆さんはどんな悪役がお好きですか? それともやはり聖女がお好き?


今年もあとわずかとなりました。今年はバレエ界にとってもとても大変で残念な年でしたね。来年は沢山の公演が上演されて、多くの方がバレエを楽しめると良いのですが。
皆様も様々な視点からバレエを楽しんで下さいね!