メソッドとは?


 バレエを習っていると時々「○○派」とか「○○メソッド」などの言葉を聞きます。バレエにも日本の古典芸術の流派に似たスタイルの違いがあります。メソッドという物について、ごく簡単にまとめましたのでご参考にして下さい。

<バレエの歴史>
 バレエは17世紀のイタリアでバル(バッロ:Ballo)と呼ばれた、貴族達が廻ったり歩いたりしながら床に形を描き、その姿をバルコニーから眺めて楽しむという形式の宮廷舞踊が始まりと言われています。この秩序立って踊る姿が目に美しく、後に伝わったフランス宮廷ではバレ(Balet:後にBallet)と呼ばれ盛んに催されました。その後フランス王ルイ14世が大いに気に入り、世界初のバレエ学校「王立舞踏アカデミー」が出来ます。バレエの足のポジションはこのアカデミーの舞踏教師ピエール・ボーシャンが定めました。

1671年にパリ・オペラ座が設立され王立舞踏アカデミーがオペラ座付属のバレエ学校となります。この頃のバレエはオペラ作品の一部で踊られる形式でした。次第にバレエは貴族達の“舞踏”から職業ダンサーが舞台で踊る“舞踊”へと変化することになります。バレエの用語の多くがフランス語なのは、このようにフランスで技術的な形式が定められた為です。

 バレエはヨーロッパの他国やロシアにも伝わり、ロシアにおいて成熟期を迎えます。1900年代にはロシアのアグリッピーナ・ワガノワがそれまでは伝統に基づき伝承的に行われていたバレエの指導を、論理的に分析し系統だった方法で指導を行うワガノワ・メソッドを確立させました。ワガノワ・メソッドはロシア派以外にもフランス派、イタリア派(チェケッティ等)の優れた所(ワガノワが良いと思った部分)も取り入れた指導法です。

 日本のバレエ指導は1927年に亡命したロシア貴族エリアナ・パヴロワ(アンナ・パヴロワとは無関係)が始めたバレエ教室が礎となっています。(それ以前にもイタリア人のジョヴァンニ・ヴィットーリオ・ローシーが帝国劇場でバレエ教育を行いましたが定着しませんでした。)エリアナ・パヴロワはロシアでは職業的バレリーナではなかったと言われていますが、厳密なロシア・バレエを伝承することに心血を注ぎました。日本には国立のバレエ学校がなく、エリアナから学んだ生徒達がそのスタイルを伝承して現在の日本のバレエ指導に至ります。今では海外のバレエ学校やバレエ団にて指導を受けた先生方から、より正確な各メソッドの指導を受けることも出来るようになって来ていますが、確固とした日本式メソッドがないのが現状です。

<メソッドとは?>
 「メソッド」というのは“動きや形の違い”と思われがちですが、正確には“どのように体を使ってバレエを表現するか”、またその為の訓練方法ということを指します。従って、メソッドというのは厳密にはその教師毎、スクール毎に存在する物でもあります。世界的に代表的なメソッドには「ワガノワ」「オペラ座」「チェケッティ」「RAD(ロイヤル・アカデミー・オブ・ダンス)」等ですが、それ以外にも「ブルノンヴィル」「バランシン」等色々あります。有名なメソッドの教育を受ける事は大変素晴らしい事ではありますが、それらのメソッドで育っていないからと言ってプロのバレリーナになれない訳ではありません。

 メソッドの主体は教育と舞踊スタイルですが、これは主にバレエ学校でのツールと考えて下さい。ロシアでは主な劇場のダンサーの多くがワガノワ・バレエ学校の卒業生なのでロシア・バレエ=ワガノワ・スタイルと思われがちですが、バレエ団にはバレエ団毎のスタイルがあります。ボリショイにはボリショイの、レニングラード(現ミハイロフスキー劇場)にはレニングラードのスタイルがあるのです。バレエ団の教師は必ずしも付属学校出の教師とは限りません。英国のロイヤル・バレエ団にもワガノワ派の教師がいるという事です。(ワガノワ・バレエ学校では学校の卒業生でかつ指導者教育を受けた人しか教師になれないそうですが・・・、現在の校長のニコライ・ツィスカリーゼ氏はモスクワ・バレエ学校卒なんですよね。マリインスキーの総監督ゲルギエフ氏の意向だそうです。)

もっとも、コールド・バレエにおいてはその舞踊スタイルが統一されている事が望ましく、バレエ団の多くが付属学校を設立し、付属学校卒のダンサーを多く起用する傾向は強くあります。自分の舞踊スタイルを変えることは大変難しいそうですが、オペラ座やマリインスキーほどには厳密にスタイルこだわらないバレエ団も多くあります。例えば、英国のロイヤル・バレエは近年ではダンサーの国籍が大変豊かです。各ダンサー毎に個性が大きく異なるので、マクミラン等のドラマティック・バレエは踊るダンサーによって全く違う作品のように感じることが出来、観客をとても楽しませてくれます。

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<主な有名メソッド>
(ワガノワ・メソッド)ロシア
 前述の通り、ロシアのアグリッピーナ・ワガノワが考案したメソッドです。20世紀はロシア・バレエが世界最高峰と言われた時期があり、その美しさの土台を支えたスタイルを堅持しています。世界的に最も評価の高いメソッドと言えると思います。
ワガノワ派の特徴は上半身の美しさ、特に背中の柔軟さと腕や指先の優雅な動きが繊細です。その教育は定められた形に身体を当てはめて行くように厳格です。それが可能なのは(原則的には)身体的に適した人間に対して訓練を行うことを前提としている為です。

(パリ・オペラ座・メソッド)フランス
 パリ・オペラ座バレエ学校で行われている指導法を指します。上半身が美しいワガノワとは対照的に脚の動きに特徴があります。(上半身ももちろん美しいですが、時には表現過剰とも言われるロシア人の表現に対しては少しクールな印象があります。お国柄なのかも知れません。)微細な脚の動きはとても良く訓練されている象徴で、ポアントの爪先からなめらかに降りる“デサント・ド・ポアント”等、大変優雅に脚を動かします。また、フランス人ならではのエスプリの効いたステップ等も魅力の一つです。

(R.A.D:Royal Academy of Dance)イギリス
 1920年、それまでバレエ教育後進国であったイギリスが、いかにスムーズにバレエの技術を身に付けられるかを様々な国(ロシア、フランス、イタリア、デンマーク、イギリス)のダンサーで検討し定めた教育法です。“シラバス”と呼ばれる教育段階(教育細目)があり、それぞれに試験を受けて先へ進めるようになっています。シラバスは生徒だけではなく教師についても教師用のシラバスが存在し、教師も認定試験を受けて指導資格を持ちます。
先に形ありきのワガノワとは違い、身体の発達と共に目標が定められており、素人にも優しい指導法と言われています。その為、身体的条件では厳しい日本人には人気があり、世界各国に本部が設立され世界最大のバレエ教育機関となっています。
ロシアやフランスの華やかさと比べ少々地味と思われがちなイギリス派ですが、そのスタイルは大変気品に溢れ、身体コントロールにも長けたメソッドだと思います。
日本では小林紀子バレエ・シアターがRAD本部となっています。

(チェケッティ・メソッド)イタリア
 イタリア人のエリンコ・チェケッティが考案したメソッド。チェケッティは1850年にイタリアで生まれ、スカラ座で活躍し、1887年からロシアで踊り、指導を行います。その後、ディアギレフのバレエ・リュスに参加して世界中を周り、イギリスで指導後、晩年はイタリアでバレエ学校の校長となります。チェケッティは世界中に影響を与えた近代のバレエ・メソッドの祖とも言える存在かも知れません。チェケッティ・メソッドは日本では殆ど指導を受けることが出来ませんが、ヨーロッパを中心に大変盛んに取り入れられています。
チェケッティ・メソッドを古いメソッドと認識している人も少なくありませんが、現在では進化して、ブルノンビルのような速い足さばきの訓練や、RADのようなグレード認定試験等もあり、こちらも大変優れている指導法だそうです。
チェケッティに代表されるイタリア派の特徴は、速い回転と高い跳躍のダイナミックさにあります。

 メソッド、お解り頂けましたか?有名メソッドも時代に合わせてどんどん進化しています。バレエ教師も時代の変化と共に新しい風を学ばなければならないということですね、大変だ〜。


<余談> 「クラシック・バレエ」=「古い・バレエ」ではない
 「クラシック・バレエ」という呼び名から私達はよく「古いバレエ」「古典的なバレエ」という印象を持ちがちです。“Classic”という単語は“古典的な”や“伝統的な”という意味で使われますので、「クラシック・バレエ」は確かに“伝統的なバレエ”という意味ではあります。しかし“Classic”にはもう一つの意味合いがあり語源の“Class”から来る、“クラスの”つまり“学校の”→“学校で教えられる”という意味が含まれています。つまり「Classic Ballet」とは「(学校)教育によって身に付けるダンス」という意味を持つのです。更に厳密言うと「バレエ」とは作品を指すのであって、人がバレエを踊ることは「クラシック・ダンス」と言います。
今では「コンテンポラリー・ダンス」とも呼ばれる「モダン・ダンス」は、イサドラ・ダンカンやマーサ・グレアム等の、動く形や踊る形式が厳格に定められたダンスであるクラシック・バレエから解放され自由に踊りたいと思う人々によって作られました。統一した名称が無かったため「クラシック」に対して「モダン」という呼び名が使われましたが、今ではこちらもスクールで教える「クラスのダンス」となっています。
「クラシック・バレエ」は=「古いバレエ」ではなく、現在でも進化し続けているダンスです。作品も古典作品以外に「クラシック・バレエ」として新作が続々と作られています。私達も進化をし続けましょう。

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